『今年も この日が』
知り合いの顔をテレビで見ることなどほとんどない
しかし 30年前
そいつの顔は確かにテレビに映し出されていた
学生の頃 福岡のテレビ局でバイトをしていた
報道のカメラマンの助手のバイトだった
テレビに映し出されていたのは
その時のバイトの後輩
大学は違ったが 2学年下の気のいいやつだった
当時 長崎には系列局がなく
日常の事件は地元のフリーカメラマンに頼み
大きな事件は福岡から取材に行っていた
30年前 雲仙普賢岳が噴火した
大規模な火砕流が発生し 多くの人が犠牲となった
すでに卒業していた私は
犠牲者の名前が写真とともに読み上げられたとき
顔見知りがいることは覚悟していた
あれから もう30年が経つが
その時のことは はっきりと覚えている
一般の方を巻き込んだ大惨事を引き起こしたのは
『過剰な報道合戦』が原因であったと思っている
今 あのときの反省を活かし
『報道』はその本分に注力できているのであろうか
彼の面影を胸に 今も問いかけている
合掌
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